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最新
◆10月25日、会報84号を発行しました!

会報84号表紙

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最新
◆第4回 被爆2世・3世交流と連帯のつどい

第4回被爆2世・3世交流と連帯のつどいチラシの表紙

詳しくはこちらをクリックして下さい。



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◆講演
はじまりは
京都原爆症認定小西訴訟から<報告集>

久米弘子 弁護士

はじまりは京都原爆症認定小西訴訟から<報告集>表紙

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◆記念講演
核なき未来へ
被爆二世からのメッセージ<報告集>

森川聖詩さん

核なき未来へ〜被爆二世からのメッセージ<報告集>表紙

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最新
◆京都「被爆2世・3世の会」
2019年度 年次総会 議案書

●議案書をpdfファイルで開く



最新
◆核廃絶を求める世界の声に背き、
新たな核軍拡競争に向かう
アメリカ・トランプ政権、
ロシア・プーチン政権のINF全廃条約からの
離脱・履行停止表明に強く抗議します。
日本政府も含む世界のすべての国々が
今こそ核兵器禁止条約に加入し、
核のない世界の実現に立ち向かう事ことを
訴えます

 アメリカ・トランプ政権が2月1日中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱を発表しました。それに対抗してロシアのプーチン政権も2月2日、同条約の履行停止を表明しました。1987年に締結されたINF全廃条約は、米ソ(当時)両国が全ての中距離ミサイルの廃棄を掲げて初めて合意したものでした。世界の人々の願う核兵器廃絶にはまだほど遠いものの、実際にこの30年間で両国が廃棄した核ミサイルは2,692発、発射場所は149箇所に及び、核軍拡競争への歯止めと核軍縮への一定の役割を果たしていました……

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最新
◆第三回 被爆2・3世 交流と連帯のつどい
の報告書

報告書表紙

聞法会館・キャンパスプラザ京都

2018年5月19日〜20日
「被爆2・3世交流と連帯のつどい」実行委員会
(京都「被爆2世・3世の会」・広島県被爆二・三世の会
岡山「被爆2世・3世の会」)

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◆アメリカの被ばく者を救え!
軍、戦争、核を乗り越えて!

〜宮本ゆきさんのアメリカレポート〜

2017年12月9日

会報63号別冊表紙

 宮本ゆきさんは、京都「被爆2世・3世の会」の会員で、アメリカ・シカゴにあるDePaul大学で教鞭をとられている被爆二世です。宮本さんの来日日程に合わせて2017年12月9日(土)、「宮本さんを囲む会」を催し、平和、戦争、原爆についてのアメリカの現状と課題を語っていただきました。その内容を紙上再現の形で紹介することにいたします…

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◆2017年ノーベル平和賞に
ICANが決定されたことにあたって

 2017年ノーベル平和賞に「ICAN=核兵器廃絶国際キャンペーン」が選ばれました。素晴らしい決定です。

 今年7月7日に採択された国連の核兵器禁止条約の実現に積極的な貢献をしてきたことが選ばれた理由です。ICANに関係されてきたみなさまに心からのお祝いを申し上げます。また、この決定は、ICANと力を合わせて核兵器廃絶運動をすすめてきた広島・長崎の被爆者、それに連なる被爆2世・3世、そしてさらに核兵器廃絶のために力を尽くしてきた世界のすべての人々への評価でもあると思います。私たちも共に喜びを分かち合いたいと思います……

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◆故・原野宣弘(はらののぶひろ)さんの
絵画作品紹介

原野宣弘さんは生後10ヵ月の時、母親と一緒に長崎で原爆に遭った被爆者です。行方不明の父親を探して、母親に背負われ放射能の渦巻く廃墟の街を彷徨い歩きました。父親を失った原野さんは、母親一人が5人の子を育てる辛く厳しい暮らしの中で育っていきました。

高校卒業後原野さんは関西に出て働き始めます。しかし41歳の時に脳出血を発症。以後の人生のほとんどは次々と襲いかかる病気との闘いに費やすことになります。原野さんは国に対して原爆症の認定を求めましたが、被爆の実態を無視した基準によって却下されました。原野さんは多くの被爆者のみなさんと一緒に、正しい原爆症認定行政を求めて提訴、裁判は現在もご遺族が承継して係争中です。

原野さんは50歳の頃からリハビリを兼ねて絵の制作を始めました。テーマは、懐かしい故郷長崎の風景、住み慣れた宇治の街並みなど。そして原爆の残酷さを告発し、必死に守り育ててくれた母親への深い愛情を表し、平和を求める心からの叫び、にまで及びます。これまでに描かれてきた作品は50点になります。体の機能が不全なまま、言語障害もある中、困難な体調と暮らしの中で、それでも渾身の力を込めて描き上げられてきた作品ばかりです。その一部は原爆症認定訴訟の法廷で、意見陳述の際にも示されました。

2016年7月原野さんは故郷の長崎で作品展を催しました。今から思えば最後の力を振り絞って自身の生きてきた証を披露されたのではないかと思います。長崎の旧友のみなさんたちにも囲まれて、多くの関係する人たちに観ていただくことができたようです。

作品展が終わった直後から容態が悪化して入院することになりました。容態は回復せず、再び我が家の敷居を踏むこともなく2016年11月27日帰らぬ人となりました。享年72歳でした。

原野宣弘さんの絵は、原爆を告発し平和を希求してきた思いが表されたものであり、核の被害を乗り越えて生き抜こうとしてきた人の証です。原野宣弘さんの絵画作品を多くの皆さんにご覧いただきたいと思い、来春(2018年)1月、しんらん交流館において作品点を開催する予定にしています。(詳細は後日お知らせいたします)

あわせて、作品のすべてをホームページ「heiwa-no-negai.com」でも紹介することにいたしました。

原野さんの絵を通じて、被爆の実態、平和への願い、被爆者の訴えへの理解を深めていただけましたら幸いです。

絵画作品の閲覧はこちらをクリックして下さい。



◆核兵器禁止条約の採択を心から歓迎します

 2017年7月7日、世界122ヵ国の賛成によって国連の核兵器禁止条約が採択されました。「自らを救い、自らの体験を通して人類の危機を救おう」と誓い、「ふたたび被爆者をつくるな」と訴えてきた全国の被爆者のみなさんと共に、署名を集め、平和行進を歩き、草の根からの運動で核廃絶をめざしてきた全世界の人々共に、核兵器禁止条約採択を心から歓迎し、人類の歴史に刻まれるこの日を喜び合いたいと思います……

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LAST更新 2019.11.5

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